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悪徳商法批判が悪徳商法そのものに堕する日

悪徳商法マニアックスという古いHPがあり、悪徳商法批判の老舗HPとして有名だ。しかし、このHPは今や、それ自身が悪徳商法に堕している。余計な裁判沙汰を繰り返し、敵認定した人物をネットで叩き、誹謗中傷用ウィキを放置しておきながら削除依頼が来ると逆に嫌がらせをする。このようなサイトが悪徳商法批判の先鋒だと思われるのは、悪徳商法批判の邪魔だ。百害あって一利ない。

相手が悪徳商法をやっているからといって、何をやってもいいわけではない。悪徳商法を叩いていれば、どんな叩き方でも正義のヒーローになれるわけではない。正しい批判の仕方がある。やっていい範囲の方法と、それをやっては相手と同じレベルに落ちてしまう方法がある。

悪徳商法マニアックスは、やってはいけない方法ばかりやっている。そして、自分は悪を叩いているから正しいと言う。悪を叩いているから正しい自分を叩く奴は、すべて悪だと決めつける。彼に「反省」の文字は無く、相手の悪評を広めることで自己正当化しようとしている。彼のためを思って「さすがにそのやり方は……」と忠告した人間を敵認定し、批判者として晒す。

今の悪徳商法マニアックス(a902、悪マニ)は、悪徳商法批判のための妨げとなっている。このようなサイトがあるから、悪徳商法批判がひとまとめにして胡散臭い物と思われている。「消費者が絶対に正しく、企業が絶対に悪」というような勘違いをしているかのように思われてしまう。はっきり言って迷惑だ。

悪マニが悪魔になっている。本人は絶対の正義だと思っているからたちが悪い。そして、このようなブログを立ち上げて「批判」しても、彼は「名誉毀損だ誹謗中傷だ裁判するぞ」と騒ぐかもしれない。しかし、このブログがもし名誉毀損や誹謗中傷や裁判沙汰になるような内容を含んでいるとでも主張するのなら、悪マニのほうが実際に名誉毀損や誹謗中傷や裁判沙汰レベルのことをやっているのだから、こちらは確実に勝訴できる。あれほど悪意に満ちた悪マニが表現の自由の範囲のHPだとでもいうのなら、このブログはそれ以上に清廉潔白な、表現の自由の範囲だ。

悪徳商法被害者は、悪マニに頼らない方がいいレベルまで来ているのではないか。削除依頼を受けたらさらし者にし、ブログで悪評を広める。相手がすねに傷持つ人間だからと言って、そういう嫌がらせのようなことをやるのは、方法論として間違っている。それとも裁判沙汰に持ち込むための挑発なのか。今までの悪マニ関連裁判の記録を一部調べたが、HPに載っている内容が大きく食い違う場合も目立つ。悪く言えば裁判記録のねじ曲げと言っていいと思う。裁判中はネットで余計なことを話さないのが通常だと思うが、悪マニは裁判について、自分の都合のいい情報のみを流し、相手が裁判中だから黙っているのをいいことに悪評を広めている。

悪マニの吉本氏は、自分の個人情報をネットに書いた人物と戦っているという。確かにそれは戦う必要があるだろう。しかし、吉本氏は、新聞記事などから抽出したものとはいえ、他人の名誉を損なう記事を掲載し、削除依頼が来れば逆にさらし者にして嫌味を言い、裁判沙汰を起こし続けている。その根拠は表現の自由だという。これは明かなダブルスタンダードだ。吉本氏のダブルスタンダードは以前から批判の的となっているが、ダブルスタンダードだと批判することを名誉毀損だと主張する悪癖も治らない。

自分も最初は悪マニのページに大変お世話になった。しかし、最近の悪マニの方向性には首をかしげざるおえない。少なくとも、今の悪マニのHPの主張は、そのまま鵜呑みにできない。

もちろん、悪マニのやり方がだめだからといってディプロマミルや情報商材やカルトが正当化されるわけではない。これは強調しておく。悪マニのやり方は、そういうものを批判するための方法が間違っているがゆえに、悪徳商法への批判を無効化させてしまう、利敵行為でしかない。だからこのブログで批判するのだ。

大いに反省するか、そうでなければ自らが悪徳商法として糾弾されるか。悪マニに残された道はこのどちらかしかない。


「悪徳商法批判の方法」を批判するこのブログが間違った手段を取らないよう常に自省自戒しつつ、ここに開設するものである。

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